2008年10月20日

フォトンベルト 飛鳥昭雄が完全否定

あの飛鳥昭雄も

フォトンベルトに対しては完全否定の立場を採っている。

「太陽の謎とフォトンベルト」

という本はフォトンベルトでワッショイ、ワッショイ
を期待して買ったのであるが、
見事に引っ掛けられた(笑)。


フォトンベルトというものが登場したのは、

1981年8月にオーストラリアのUFO研究会の会誌
「オーストラリア国際UFO空跳ぶ円盤研究会」
第12号に、
「フォトンベルトストーリー」として掲載されたのが
初出だという。


オーストラリアの女子学生
シャーリー・ケンプ
により書かれたモノだと言う。


ハレー彗星のハレー卿や、
もしかしたら?と思ったアイザック・ニュートンとは
全く無関係だったというわけだ。


で、そのUFO研究会の会誌の記事が
10年後に
オーストラリアのノンフィクション・ミステリー雑誌
「ネクサス」
に掲載されて、火がついていったということらしい。


ネクサスという雑誌は
日本で言うと「ムー」ということだ。


つまり

「古代アマゾン文明は日本人が築いた」

というのと同程度の胡散臭さを醸し出していたものが
フォトンベルトということになるな。


ちなみに
「ムー」 個人的にはけっこう好きなのだ。

何が好きかって、やっぱり
胡散臭さ、かな。



飛鳥昭雄の本には、
「フォトンベルト・ストーリー」の内容が
かいつまんで紹介されているが、

「冒頭では終末論を引き合いに出して退廃的に世の中を憂いた後、やおら話を光=フォトンに移す。物理学者ポール・アドライン・モーリス・ディラックが反物質の存在を予言し、それを1932年カール・ディヴィッド・アンダーソンが反陽子を発見したことによって裏付けた。通常の物質である電子と反物質である陽電子が衝突すると、そのエネルギーはフォトンに変換される。フォトンエネルギーは強力なエネルギーであり、未知のエネルギーを秘めている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
続いてプレアデス星団に言及するフリードリッヒ・ヴィルヘルム・ベッセルやアイザック・アシモフの名前が並び、フォトンベルトの存在を示唆する。最初に発見したのは彗星で有名なエドモンド・ハレーであると説く。彼はギリシア時代の観測記録と比較してプレアデス星団が移動していることを知り大きな星系の存在を指摘した。彼の研究は後に天文学者ポール・オットー・ヘッセによって引き継がれ、ついにフォトンベルトの全貌が明らかにされた。・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いずれにせよ、人類は近い将来フォトンベルトに遭遇する。フォトンベルトに突入すれば地上は氷河期となる。北緯40度まで氷床が広がるとき、食料生産は激減し、人々は生存の危機に直面する。ヨーロッパとアジアの人々は窮地に陥るに違いない。他国もそれをフォローするだけの力はない。これが人類の未来であると記事は締めくくる。」
※飛鳥昭雄「太陽の謎とフォトンベルト」から引用

ハレーがフォトンベルトを発見した事実など無く、

研究を引き継いだとされるポール・オットー・ヘッセなる
人は天文学者ではなくSF小説家だという。

1961年にゴールデン・ネピュラを発見したというが
当時はそんな遠い銀河を観測する技術は無かったそうだ。



フォトンベルト・ストーリーは、
女学生が書いたジョークに近いSFであり、
完全な虚構である、というのが飛鳥昭雄の見解である。




うーん、このフォトンベルト・ストーリーって
けっこう面白そうで、
まさに

  サイエンス・エンターテイメント

っぽいのだが、

そう書くと、ちょっと飛鳥昭雄に失礼かな。
posted by hoshio at 23:39| Comment(0) | 2012年問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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