2008年10月13日

峰岸徹死去

自分と同世代の人間には、この人はかなり
ミステリアスな人だった。

11日に肺がんのため65歳で亡くなった
俳優の峰岸徹(みねぎし・とおる)

ご冥福をお祈り致します。



峰岸徹の名を初めて知ったのは、
アイドル岡田有希子の自殺事件の直後からだ。

あれから22年も経っているのだな、時はさらさら
流れて行きますね。自殺した岡田有希子は18歳、

今日テレビで当時の峰岸徹のインタビューを
見たが、

「おにいさんのつもりでいたが・・・」

のコメント時は、峰岸徹はすでに43歳、

おにいさんは遥かにオーバーランしていて、
まごうことなく”おっさん”だった。

このあまりの不自然さは、
芸能界に特別興味があるわけではない人たちにも
「何か裏がありそう」
と思わせるには十分だったのだ。

もっとも自分は、
男は40過ぎても女の子にモテルなんて得だな
男に生まれてよかった、

なんて的外れなことを考えたのだが笑



その後、いろいろな説を耳にすることになる。

・峰岸徹はただの当て馬 ←これは本当だろう

峰岸徹にはダーティーなイメージを抱いたもんだが、
それに反して、随分と活躍することになる


・松田聖子と神田正輝の偽装結婚

神田正輝も当て馬  これも本当っぽい


この2つが岡田有希子と石原軍団そして松田聖子と
結びついて様々な噂となった。



まあ、芸能界って魑魅魍魎の世界だろうから
誰と誰がくっついたって自分にはどうでも良かった。

実際、芸能界に限らず、我々平民の世界でも
そんなことって沢山あるのだろうからね。


個人的に、当時ちとショックを受けたのは
岡田有希子と松田聖子の関係の話。
恋心を抱いていたのではないのか、ということだった。

岡田有希子は絵の才能もあったようで、
テレビで河合奈保子の上手な肖像画を
見たことがある
(堺マチャアキと榊原郁江が司会していた歌番組)。

で、河合奈保子に憧れて芸能界に入った
というのが岡田有希子の定説だった、
その絵の話の際に、
「絵を書いたのは河合奈保子さん、ただひとりです」
って語っていたのを聞いて、そこまで憧れていたんだな、
と思ったもんだ。

個人的に河合奈保子に憧れるということは、
イコール岡田有希子も清らかな女の子に違いない、
と勝手に思い込んだのだった。

つまりこれすらもカモフラージュだった、
ということなのかと当時思ったもんだ。

芸能界とは恐ろしい。
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posted by hoshio at 20:21| Comment(0) | 謎一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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